『熱狂的ビジネスモデル』を読んで、生成AI時代に「人間が作る意味」を考え直した話

もくじ

生成AIが上がってきた手元のレポートを読み返しながら、ふと止まる瞬間がありませんか? 体裁は完璧、論理はクリア、でも──「これ、自分が作る意味あるんだっけ?」 という、説明しづらいモヤモヤ。

そのモヤモヤを抱えた状態で本屋で出会ったのが、この本でした。川上昌直『熱狂的ビジネスモデル ── アートが見せる価値創造の未来』(東洋経済新報社・2025年3月)。タイトルが少し挑発的で、正直すぐには手が伸びませんでした。でも副題の「アートが見せる」という一言に引っかかって、レジに持っていきました。

読み終えてみて、生成AI時代に人間が握り続けるべき仕事の輪郭が、思っていたより明確に見えた1冊でした。

本記事のマインドマップ
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かたてまポイント ── まずここだけ読んで

書籍の基本データ

書名熱狂的ビジネスモデル ── アートが見せる価値創造の未来
原題Emotion-Based Business Model: The Future of Value Creation Inspired by Art
著者川上 昌直(兵庫県立大学 教授/ロンドン大学SOAS 特別招聘教授)
出版社東洋経済新報社
発売2025年3月
ページ数約227ページ
価格2,860円(税込)
読了時間の目安約5〜7時間(章ごとに区切れば片手間で読める)

こんな人に向けて書いています

  • 生成AIで仕事の効率化が進むなかで、「自分が作る意味」を言語化したくなっている人
  • 経営層・プロダクトマネージャー・ブランディング担当で、機能・価格競争から抜け出したいと思っている人
  • スタートアップ創業者・事業企画で、他社とは違う「尖り」を作りたい人
  • ビジネス書だけでは飽き足らず、アート・哲学・思想まで踏み込んでヒントを探したい人
  • ジョブズやイーロン・マスクの「熱狂」を、ビジネスのフレームワークとして捉え直したい人

この本を一言で言うと

「機能と効率がAIで同質化する時代、ビジネスを差別化するのは『創り手の内的必然性』と『感覚』──つまりアートだ」
顧客を喜ばせる時代から、顧客を熱狂させる時代へ。アーティストの仕事の構造をビジネスに転写する「ビジネス・アートマインドセット(BAM)」のフレーム提案書。

かたてまひとこと: 全9章のうち、第2章(BAMの定義)と第8〜9章(ビジネスへの転写)だけ読んでも本書のメッセージは掴めます。第3〜7章(アート史を辿りながらアーティストの仕事を解剖する章)は、好きな画家のところから拾い読みするのが楽しい読み方です。

著者・書籍について

著者の川上昌直さんは、兵庫県立大学の経営学部教授で、専門はビジネスモデル研究。意外なのは、ロンドン大学SOASでは特別招聘教授として「アートによる創造性開発」コースのディレクターを務めているところ。経営学者にして、ロンドンに在住しながら欧州30都市以上の美術館・博物館を50館以上回ってきた「アート×ビジネス」の越境者です。

前作は『収益多様化の戦略』(東洋経済新報社・2021年)。良いプロダクトと技術力のある日本企業が、価値創造を起点にさらに利益を獲得するための方法論を論じた本でした。

本書は、その前作の到達点を超えて価値創造そのもののあり方」を根本から問い直す試みです。著者自身、「前作以降、いったんマネタイズやビジネスモデル研究から距離を置いて、ロンドンに居住する機会を得た」その経験から本書のアイデアが生まれたと書いています。経営学の教室ではなく、美術館の現場とアーティストとの対話から立ち上がってきた本、というのがこの本の特異な味わいです。

本書の流れ ── 3部9章構成

約227ページの本書は、3部構成でクリアに整理されています。

中心テーマ
はじめにアートがビジネスを強くする/ビジネスモデルを熱狂的レベルまで高めるビジネスモデル定義の更新/「熱狂」が次のキーワード
第I部 ビジネスに熱狂が必要な理由第1章 プロダクトを強くするアート規格外プロダクト/意味的価値/アートマインドセットの予告
第2章 ビジネス・アートマインドセットBAM の定義/アート思考との違い/創り手の熱狂・感覚 ⇄ 受け手の感覚・熱狂
第II部 アートが見せる革新的な価値創造第3章 すべては創り手の熱狂から始まる内的必然性/3要素/ゴヤ/マネ/ゴーガン
第4章 創り手の感覚ダ・ヴィンチ(スフマート)/フェルメール(フェルメールブルー)/モネ(筆触分割)/セザンヌ
第5章 受け手の感覚美術商デュラン=リュエル/ヴォラール/A24(現代のキュレーター企業)
第6章 受け手の熱狂「わかる人にはわかる」スタンス/スティーブ・ジョブズのマッキントッシュ
第7章 アーティストの存在を浮き彫りにするアートマインドセットカンディンスキー/ダ・ヴィンチ/ピカソ/ダリ/ウォーホル等の総覧
第III部 熱狂するビジネスモデル第8章 アートマインドセットをビジネスに転写するプロダクト・アズ・アート(PaArt)/利益方程式
第9章 熱狂的ビジネスモデルフレームワーク/バリュー・インターセクション/アップル/マスクのテスラ
おわりに

第I部で問題提起を整理し、第II部でアートの世界を旅しながら「熱狂を生む構造」を解剖し、第III部でその構造をビジネスに転写する──理論 → 観察 → 実装の3段ロケット構成です。著者自身も「I部 → III部 → II部」という読み方も推奨しているので、忙しい方はそちらでも問題ありません。

読む前に、ちょっと自分に問いかけてみる

本書を読み始める前に、以下の3つの問いを自分に投げかけてみてください。全部の答えがすぐに出る必要はありません。引っかかる問いほど、本書を読み終えたあとに自分の中で景色が変わるはずです。

問い1:自分が作っているものを「作品」と呼べますか?

毎日仕事で作っているレポート、企画書、コード、プロダクト──それを「作品」と呼ぶことに、自分は照れますか? もし強烈な照れがあるなら、それは「自分の熱狂が宿っていない」サインかもしれません。本書はそこを起点に語り始めます。

問い2:自社の商品が「もう少し安ければ」と顧客に言われたとき、何で勝負できますか?

機能と価格で勝負している限り、生成AIによる代替・同質化からは逃げ切れません。「桁違いの価格でも欲しい」「継続的に支払いたくなる」プロダクトを作るために、何を握っているか。本書はその「何を」をアートに求めます。

問い3:自分の仕事に「内的必然性」はありますか?

これは本書のキーワードです。「他人に頼まれたから」「給料のため」ではなく、「自分が作らずにはいられないから」という根源的な動機。それが希薄なまま続けている仕事は、生成AI時代に最初に置き換えられる、というのが本書の暗黙のメッセージです。

印象に残った3つのポイント

1. 熱狂の起点は「創り手の内的必然性」

本書のいちばんの根幹概念が、「内的必然性」です。これは20世紀初頭の画家カンディンスキーが提唱した言葉で、アーティストが「これを描かずにはいられない」と感じる根源的な動機を指します。

著者はこう書きます。

アートにおいては、熱狂が何より重要であることを示してきた。その際には、内的必然性がキーコンセプトとなる。

そしてこの内的必然性が、「感覚(sensation)」という媒介を通じてアート作品に保存される。鑑賞者は作品を通じて作り手の感覚を追体験し、自分の中に熱狂を再生する。これが本書の中核フロー(図表4-1)です。

創り手の熱狂 → 感覚 → 作品 ← 感覚 ← 受け手の熱狂
   (内的必然性)  (媒介手段)  (熱量を保存)   (追体験)

第3章では、この内的必然性が現れた歴史的な作品が次々に紹介されます。ゴヤの《1808年5月3日》(ナポレオン軍による民衆処刑への怒り)、マネの《草上の昼食》《オランピア》(当時の絵画ルールへの反逆)、ゴーガンの《我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか》(人生最大の問い)── どれも、作家自身が「描かずにはいられなかった」根源的な問題意識から生まれた作品です。

そして著者は、この内的必然性こそが、100年・500年と人々の熱狂を呼び続ける理由だと論じます。

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ポール・ゴーガン《我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか》(1897-98年、ボストン美術館蔵)/ Image courtesy of Wikimedia Commons (Public Domain)
ポール・ゴーガン《我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか》(1897-98年、ボストン美術館蔵)/ Image courtesy of Wikimedia Commons (Public Domain)

2026年の補足:

このパートを読みながら、生成AIで作品を量産している現在のクリエイティブ業界をどうしても重ねてしまいました。AIは技法・パターン・スタイルを驚くほど正確に模倣できますが、「これを作らずにはいられない」という根源的な動機は持てません(少なくとも今のところ)。AI生成物が大量に流通する2026年、「内的必然性を持っているか」が人間とAIの最後の差になりつつあるように感じます。

2. アートマインドセット ≠ アート思考

ここ数年「アート思考」という言葉が流行しました。本書はその流行から明確に距離を取り、独自の「ビジネス・アートマインドセット(BAM)」という概念を打ち出します。

著者の違和感は鮮明です。

アートにおいて重要なのは、思考そのものではなく、「感覚」や、それらのもととなる「態度」や「心構え」、あるいは「精神」そのものではないか。

つまり、アートを「思考(thinking)」のフレームに押し込めた瞬間に、何かが死んでしまう。ビジネスの世界はフレームワーク化されたものをすぐに模倣・量産するので、アート思考すら数年で陳腐化してしまう、という観察です。

代わりに著者が提示するのが、思考を超えた感覚・態度・心構え・精神を含むアートマインドセット。それをゼロベースでビジネスに転写したのが BAM です。

第4章では、この感覚が具体的なアーティストの仕事として解剖されます。ダ・ヴィンチスフマート(輪郭線をぼかす技法)と空気遠近法(遠景を青みがかった色で)、フェルメールポワンティエ(光の点描)とフェルメールブルー(ラピスラズリを贅沢に使ったウルトラマリン)、モネ筆触分割(原色を隣接配置して視覚混合させる)── どれも、内的必然性を表現するために必要だった、最低限のルールとして描き出されます。

技術は、どの企業にもある。同様に、どのアーティストもきわめて高い技術を持つ。アーティストを特別な存在にしているものの1つに技術があるのは間違いないが、それだけでは彼らに抱く特別感は醸成されないのだ。

この一節がぐっときました。技術は前提であって、特別感は技術の先にある。技術力の優劣で勝負している企業が多くを占める日本の文脈で、これは静かに重い指摘です。

レオナルド・ダ・ヴィンチ《モナ・リザ》
1503-06年頃、ルーヴル美術館蔵 / Image: Wikimedia Commons (Public Domain)
レオナルド・ダ・ヴィンチ《モナ・リザ》
1503-06年頃、ルーヴル美術館蔵 / Image: Wikimedia Commons (Public Domain)
ヨハネス・フェルメール《真珠の耳飾りの少女》
1665年頃、マウリッツハイス美術館蔵 / Image: Wikimedia Commons (Public Domain)
ヨハネス・フェルメール《真珠の耳飾りの少女》
1665年頃、マウリッツハイス美術館蔵 / Image: Wikimedia Commons (Public Domain)
クロード・モネ《ラ・グルヌイエール》
1869年、メトロポリタン美術館蔵 / Image: Wikimedia Commons (Public Domain)
クロード・モネ《ラ・グルヌイエール》
1869年、メトロポリタン美術館蔵 / Image: Wikimedia Commons (Public Domain)

2026年の補足:

「アート思考」がフレーム化された瞬間にコモディティ化したように、生成AIはあらゆる「思考」をすぐ模倣してきます。LLM はビジネスフレームワークを学習し、適切な前提を与えれば瞬時にそれっぽい戦略案を生成する時代です。そんな時代に、「思考の手前」にある感覚・態度・身体性こそが、人間の最後の差別化要因になる──というのは、本書の射程をやや超えますが、自然に導かれる帰結だと感じました。

中央に『作品(Work of Art)』、左に『創り手(アーティスト/メーカー)』として『熱狂(Emotion) → 感覚(Sensation)』の矢印、右に『受け手(鑑賞者/ユーザー)』として『感覚(Sensation) ← 熱狂(Emotion)』の矢印。下部に『内的必然性 → 熱狂の媒介手段 → 熱量を保存 ← 追体験』のラベル。
BAMの革新構造:熱狂の循環フロー

3. プロダクト・アズ・アート(PaArt)でビジネスモデルが熱狂する

最後のポイントは、本書の最終的な応用フレーム、プロダクト・アズ・アート(PaArt)です。

第8章で著者は、アートマインドセットをビジネスに転写する具体的な手順を提示します。メーカーの熱狂の源泉は「原体験と問題意識」、メーカーの感覚は「シグネチャー」(ブランド固有の表現の癖)。それらがプロダクトに宿ったときに、初めて「プロダクト・アズ・アート」になる。

そして第9章で、この PaArt がビジネスモデル全体に拡張されます。

ジョブズのアップルコンピュータ(マッキントッシュ) / ジョブズのアップル(iPhone) / マスクのテスラモーターズ(高級スポーツカー) / マスクのテスラ(普及価格帯へ)

これらは、創り手の熱狂が一貫したまま、価値獲得の方法を多様化させた事例として紹介されます。著者はこれを「バリュー・インターセクション」と呼び、「価値創造の一貫性 × 価値獲得の多様性」が交差する点で、熱狂的ビジネスモデルが成立する、と論じます。

第5章で紹介されるA24(現代のキュレーター企業として紹介される映画スタジオ)も印象的でした。「万人受けを狙わず、わかる人には深く刺さる映画だけを作る」という姿勢で熱狂的なファンベースを築いた A24 は、本書の主張する 「わかる人にはわかる」スタンス の好例です。

2026年の補足:

機能・価格・スピードが生成AIで急速に同質化する2026年、最後の差別化要因は「ブランドの意味的価値」になりつつあります。アップル・テスラ・A24 は、AI 時代が来る前から「PaArt」を実践してきた先行例として読み直すと、本書の射程の広さが見えてきます。

横軸『価値創造の一貫性(弱 ↔ 強)』、縦軸『価値獲得の多様性(少 ↔ 多)』。4象限に企業をプロット:右下『一貫性は強いが価値獲得が単一(例:尖ったクラフトブランド)』/右上『バリュー・インターセクション=熱狂的ビジネスモデル(例:アップル、テスラ、A24)』/左上『価値獲得は多様だが一貫性なし(例:陳腐な多角化企業)』/左下『弱小・凡庸』。矢印で『マッキントッシュ → iPhone(ジョブズ)』『高級スポーツカー → 普及価格帯(マスクのテスラ)』の軌跡を右上方向に示す。
バリュー・インターセクション

2026年・生成AI時代に本書を読む

ここまで各ポイントで「2026年の補足」を散りばめてきましたが、本書全体を生成AI時代の視点でもう一度俯瞰させてください。

AIに代替されない「内的必然性」

本書執筆時点(2024〜2025年)で、ChatGPT・Claude・Gemini といった生成AIはすでに業務に深く入り込んでいます。著者は本書で生成AIにほとんど直接言及しませんが、それでもメッセージは生成AI時代の人間の役割定義として、ぴったり読めます。

理由はシンプルで、AI が代替できる仕事は、本書がいう「思考(thinking)」の領域だからです。論理的な分析、フレームワークの適用、過去事例からの最適解抽出── これらはすべて LLM の得意分野。一方、「内的必然性」「感覚」「態度」「精神」といった本書のキーワードは、身体・経験・記憶を持つ人間にしか宿らないものたちです。

利益獲得を意識すれば、ユーザーが思わず使わずにはいられない、気になって仕方ないプロダクトを提案し、提供できなければならない。しかし、今の日本企業はそうではない。丁寧な作り込みや、壊れないプロダクト、それを支える技術力の素晴らしさには特筆すべきものがあるが、ユーザーを夢中にするほどのプロダクトが作れているだろうか。

この指摘は、生成AI時代にますます重みを増しています。「丁寧な作り込み」だけなら AI でもできる時代に、人間が握り続けるのは「作らずにはいられない」という根源的な熱狂のほうです。

「意味的価値」を作れる組織だけが残る

第1章で著者が提示するキーワードに「WTPは意味的価値に依存する」というものがあります。WTP(Willingness to Pay:支払い意志額)は、機能的価値ではなく、その商品の「意味」で決まる──ということです。

生成AI時代、機能的価値は限りなくゼロコストに近づいていきます。そのとき、価格を維持できる企業は、「意味的価値を作れる組織」だけになる。本書の射程はそこまで届いており、5年後、10年後にむしろ評価が上がる本だと予感しました。

2列対比図。中央に縦線を引いて分割。左側『AIが代替する領域(思考の領域 / What・How)』に「論理的分析」「フレームワーク適用」「過去事例の最適解抽出」「パターン模倣」「コード・文章・画像の量産」など。右側『人間が握り続ける領域(感覚と熱狂の領域 / Why)』に「内的必然性」「身体経験」「美的判断」「意味の創造」「”わかる人にはわかる”の決断」など。上部に矢印『AIの守備範囲は拡大中』、下部に矢印『でも、Why は人間に残る』。
でも、Whyは人間に残る

読んでどう感じたか ──「熱狂」を取り戻す

本書を読み終えて、いちばん残ったのは、「自分の仕事に熱狂が足りているか」という静かな問いでした。

毎日 ChatGPT や Claude に資料作成・調査・コーディングを任せていると、自分が手を動かす範囲はじわじわ縮小していきます。それは効率化として歓迎すべきことのように見えて、よく考えると「自分の熱狂をプロダクトに宿す機会」が減っていることでもあります。

著者は本書で、ダ・ヴィンチがミクロン単位でニスを塗り続けて《モナ・リザ》を仕上げ、死ぬまで手放さなかったエピソードを紹介します。あるいは、フェルメールが当時超高価だったラピスラズリを惜しげもなく風俗画に使った話。モネがチューブ絵の具の発明を待って戸外に飛び出し、筆触分割を編み出した話。

どれも、熱狂が技術と感覚を引きずり出した例です。

生成AI時代の便利さに溺れる前に、自分の中の「これを作りたい」という静かな声を、定期的に聞き直す必要があるな、というのが本書を読み終えた率直な感想でした。

どうビジネス・キャリアに活かせるか

書評で一番書きたかったパートです。本書を明日からの仕事にどう使えるかを3つの角度で整理してみました。

応用1:自分のプロダクト・仕事を「アートとして」見直す

自分が今作っているもの──プロダクト、レポート、企画書、コード、サービス──を一度、「これは作品か?」という問いで見直してみる。

著者の言うアーティストの仕事の構造(熱狂 → 感覚 → 作品)に当てはめてみると、自分の仕事の何が薄いかが見えてきます。熱狂が薄いのか、感覚(独自の表現の癖)が薄いのか、それとも両方薄いのか。

これは厳しい問いですが、生成AI時代の自己点検として極めて実用的です。

応用2:内的必然性を言語化する習慣を持つ

本書のキーコンセプト「内的必然性」を、自分の仕事に持ち込む応用です。

  • なぜ自分はこの仕事をしているのか?
  • なぜこのプロダクトを作っているのか?
  • なぜ顧客はこの会社を選ぶのか?

これらに3行で答えられる状態を維持する。曖昧なまま走り続けると、生成AIに置き換えられる側に回ってしまいます。自分の Why を明文化しておくこと──直近の書評で何度か触れてきましたが、本書を読むとその重要性がさらに腹落ちします(『パーパス「意義化」する経済とその先』書評も合わせてどうぞ)。

読者が書き込めるテンプレート風の図。タイトル『あなたの内的必然性 ── 3つの問いに答えてみる』。下に3つの空欄ボックス:①『なぜ自分はこの仕事をしているのか?』(4〜5行の罫線入り)/②『なぜこのプロダクトを作っているのか?』(4〜5行)/③『なぜ顧客はこの会社を選ぶのか?』(4〜5行)。各ボックスの下に小さく『3行で答えられる状態を維持する』のサブテキスト。
あなたの内的必然性ー3つの問いに答えてみる

応用3:「わかる人にはわかる」スタンスで尖る勇気を持つ

A24 や本書が紹介する多くのアーティストの共通点は、「万人受けを狙わない」ことです。

「わかる人にはわかる」というスタンス

これは事業設計でも組織づくりでも、強力なフィルターになります。全員に好かれようとした瞬間、誰の熱狂も呼ばない凡庸なプロダクトになってしまう。逆に、ターゲットを絞って深く刺さるプロダクトは、AI時代でも代替されにくい。

「尖る勇気」はビジネス界では特に持ちにくいものですが、本書を読むと「尖り = アートマインドセットの実装」であることが分かります。

次に読むなら、この5冊

『熱狂的ビジネスモデル』を読み終えたあとの、自然な次の一歩として5冊選びました。逆に、「すぐ使えるビジネスフレームワーク集」を求める人には、本書も含めて少し物足りないかもしれません。本書は OS(思考と感覚の基盤)をアップデート する本で、テクニック集ではないからです。

1. 川上昌直『収益多様化の戦略』(2021年・東洋経済新報社)

本書の前作。同じ著者の思考の系譜を辿りたい人に。

本書が「価値創造のあり方」を問い直すのに対し、前作は「価値獲得(マネタイズ)の方法論」を扱います。本書(熱狂)と前作(収益)をペアで読むと、川上さんの思想の全体像が見えてきます。本書のなかで「前作以降ロンドンに移って美術館を回った」というエピソードが出てくるので、その前段階の経営学的ベースを確認するためにもおすすめ。

2. 楠木建『ストーリーとしての競争戦略』(2010年・東洋経済新報社)

本書の「熱狂」と地続きの、戦略の現代古典。

「優れた戦略は、思わず人に話したくなる面白いストーリーになっている」──楠木さんのこの主張は、本書の「熱狂を呼ぶプロダクト」の議論と地続きです。因果で繋がった物語としての戦略を提示する楠木さんの本は、本書を戦略論の文脈に位置付け直すときの最良の補助線になります。

当ブログでも書評記事を書いているので、合わせて読んでみてください 👉 『ストーリーとしての競争戦略』書評

3. 山口周『ビジネスの未来 ── エコノミーにヒューマニティを取り戻す』(2020年・プレジデント社)

「役に立つ」から「意味がある」へのシフトを論じた、思考の隣接書。

山口さんの「ビジネスは『役に立つ』から『意味がある』へ」という議論は、本書がいう「WTPは意味的価値に依存する」と直接に響き合います。ビジネスにヒューマニティ(人間性)を取り戻す、という大きな枠組みのなかで本書を再配置できます。哲学・歴史の参照が広いので、本書と並べて読むと思想史的な厚みが出ます。

4. 佐宗邦威『直感と論理をつなぐ思考法』(2019年・ダイヤモンド社)

「アート思考」の具体的な実践フレームを学べる一冊。

本書(『熱狂的ビジネスモデル』)がアート思考と距離を取ったうえで「マインドセット(感覚・態度・心構え・精神)」を提唱したのは、佐宗さんが提示するような「妄想 → 知覚 → 組替 → 表現」のビジョン思考が、フレーム化されすぎてビジネス界で消費し尽くされた背景があるからだとも読めます。

逆に言うと、アート思考のフレームをまず体験してから本書を読むと、「フレーム化されると何が死ぬのか」が立体的に理解できます。両方を読むことで、「思考」と「マインドセット」の境界線が見えてきます。

5. 入山章栄『世界標準の経営理論』(2019年・ダイヤモンド社)

本書のBAMフレームを、世界の経営理論の地図のなかで位置づけたい人へ。

800ページ超の大著ですが、戦略論・組織論・イノベーション論・認知行動論など世界中の経営理論を1冊で見渡せる辞書のような本です。本書(熱狂的ビジネスモデル)は経営学のメインストリームからやや離れたアート寄りの議論ですが、それを「世界の経営理論の中でどこに位置するか」を確認すると、本書の独自性が逆に浮かび上がります。

すべて通読する必要はなく、気になる章だけ拾い読みする辞書的な使い方がおすすめ。本書を読んだ後の「理論的バックグラウンドを補完したい」というニーズに最適です。

まとめ ── 3つのポイントを再掲

ポイント内容2026年の今読むと
熱狂の起点は「内的必然性」カンディンスキー由来の概念。「これを作らずにはいられない」根源的動機が、感覚を経て作品に宿る生成AIが模倣できるのは表面の技法。内的必然性は身体を持つ人間の領域
アートマインドセット ≠ アート思考「思考」のフレーム化を超えた、感覚・態度・心構え・精神そのもの。BAM として体系化アート思考すら AI でフレーム化される時代、態度・身体性こそ人間の差別化要因
プロダクト・アズ・アート(PaArt)創り手の熱狂と感覚が宿ったプロダクト。アップル/テスラ/A24 の成功の共通項機能・価格が同質化する時代、PaArt が差別化の最後の砦

2025年4月刊の本書は、生成AI時代の人間の役割定義を、ビジネスとアートの交差点から論じた稀有な1冊です。「効率化」「自動化」のドクマに少し疲れたとき、「で、自分は何のためにこれを作っているんだっけ?」という問いに戻りたくなったら、ぜひ手に取ってみてください。

そして、もし本書を読み終えて「もっと深く潜りたい」と思ったら、上記の5冊が次の旅を待っています。

最終更新: 2026年5月 / 出典: 川上昌直『熱狂的ビジネスモデル ── アートが見せる価値創造の未来』(東洋経済新報社, 2025年)